②【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影

2410/4/12 7:32
「目を離すと勝手に増える」
独り言ちておいて我ながらうんざりした。

私が余計な独り言を言うなんて、と。

だが今日と言う今日は、そうでもしていなければ身の内側から響く
雑音を無視し続けることが難しかったのかもしれない。

最近、至極調子が悪い。
連続した『サー』という雑音を、常に身体の中で聞いている。
深刻な不具合、未だ継続中。
首を振って雑音を振り払い、私は改めて足もとで揺らめく一輪の花を睥睨した。

錆びた壁と床の隙間で笑うように揺れる白い花は《花》とはいっても人間の言うところの
植物に該当するものではなく、私たちが《ウイルス》と呼び忌むモノ。

耳に触れると瞳の中にウイルスの解析情報が表示され、読み上げる。
「検出。ウイルス名称《M12・rEEd・B》。危険度低。活動レベル、低」

M12・rEEd・B。箱の中のありとあらゆる階層に種子を撒き無遠慮に
複製・増殖を続ける厄介な雑草。放置しておけば、この箱の限られた記憶容量は
無意味な花々によって圧迫されることになるだろう。
当然、そうなる前に駆除する。

長く伸ばした金髪の中に指を差し入れその中に隠し持つ一管のキセルを取りだす。
休止モード中は金属製のキセルの姿を取るこのツールは、
私がアンチウイルスとしての使命を果たすために欠かせないものだ。

唇に咥えることで主機である私と接続し、軽く吸気してプログラムコードを読み取る。

読み取り完了。ふっと煙を吐くと、0と1の信号を含んだ煙がキセルにまとわりついた。
渦巻く煙を纏ったキセルはその姿を一振りのナイフに変える。
M12・rEEd・Bに対し有効なプログラムの起動を確認。

「駆除開始」
一刀で切り落とされた白い花は音も立てず床に落ち、力なく横たわった。
「駆除完了」
ナイフを振り、まとわりついた煙を払ってキセルに戻し、早々に次に走査すべき部屋へと歩き出す。
落ちた花がたちまち枯れノイズにまみれて消えて行くのを、
瞳の中の《Todays Report》の数字がひとつ加算されたことで確認した。
ИОАНН内部はどこもかしこも脆弱性だらけだった。

剥げ落ちた天井からは粉塵がパラパラと降り、冷たい混凝土の壁は錆びの縦縞模様や、
剥離と腐食が描く意味不明な図柄に覆われている。

人間たちならばきっとこのような場所を《廃墟》と呼ぶのだろう。
唯一廃墟らしからぬものと言えば、壁面を煌々と焼く鮮烈なビビッドブルーの照明くらいだろうか。

青く朽ちた通路の中を長いドレスの裾をなびかせながら進むと、
履きなれたピンヒールの音が通路の奥まで高く反響した。

定期走査の進行率96・3%。概ね順調。
箱の核である中枢領域のスキャニングは真っ先に済ませてきた。

あとは1週間毎に走査しているこの一般保存領域E区画を洗えれば十分─と
思考していたところで、私は新たな気配を察知し立ち止まる。

気配、と言うにはあまりにもあからさまなものであったが。

(また雑草か)

未走査の部屋。腐食した扉と壁のわずかな隙間から、いくつもの細長いツタが這い出している。
周囲の壁面を覆いつくさんと毛細模様を広げるツタの姿は醜悪そのもので、
我が身を這いまわられるような嫌悪に思わず舌打ちした。

これは中でよほど増殖していると見て間違いないだろう。
足を踏み入れればより耐えがたい嫌悪感が私を襲うだろうが、
さりとて私が害悪を放置するなどあってはならないこと。
論なく、扉の前へと踏み出すが。

(……?)

自動扉は無反応。一向に開く気配がない。

ウイルスが内部からロックをかけたのだろうか。
いや、増殖することしか能の無いあの雑草にそんな高等機能はない。
……だとすれば。

触れただけでも崩れてしまいそうな扉に静かに手を伸ばした。
予測通り微弱電流が私の手を拒むように弾き返し、同時にこのようなホログラム・ウィンドウが浮かんだ。

【このフォルダは現在、下記のプログラムの権限によりロックされています。《CYBER BOUNCER-001 SHINJYU》】

やはり。

嘆息して憂鬱を横に置いたのち、右手を空で振ってメイン・パネルを呼び出した。
設定画面を経ていくつかのコマンドを繰ったのち、もう一度扉に触れ直す。
腐食による凹凸が手のひらに軽く刺さる。

【このフォルダを《SPICA Total Security Agent》の最高権限により占有しました】

扉前でビビッドレッドの波紋状エフェクトが広がり、錆びた扉がその見た目とは裏腹に素早く開く。
そうしてようやく問題の部屋へと足を踏み入れることに成功するや否や、
私はその不快な気配を全身で浴びることとなった。

部屋の中に大樹があった。

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