③【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
朽ちた五層の吹き抜けの中央に屹立する大樹である。
その大樹が作り出す広葉の天井からは、
絶えず不思議な光の粒子が舞い落ちてくる。

室外まで這い出ようとしていたツタたちは大樹の根元から発生していた。
ツタは床や壁を波打つ大海のように覆いつくし、
その至るところから新芽を垂直に伸ばしている。

そして、無数に咲き乱れる白い花々。舞い落ちてくる光の粒子は、
この花々が生み出しているもののようだった。

粒子は花の中から生み出され宙へ浮き上がっていく。
無数の花が同様の現象を起こすことで、粒子たちは天へ向かって
幾筋もの光の道を作り出していた。
光の道は葉の天井にぶつかると、折り返して地上へ舞い落ちる粒子となる。

肩の上に一粒の粒子がそっと落ちてきて、私はそれをすぐさま手で払いのけた。

この無数の粒子は、すべてウイルスの種子だ。

増殖は予想以上に進行していた。もはや最終局面へと達していると言っていい。
これほどまでに増殖したM12・rEEd・Bを見るのは私も初めてだ。

こんな部屋を自己権限でロックし放置し続けていた者の名前が一時メモリを掠める。

「愚か者め」
キセルを口に差し込み吸い込んだ。

駆除プログラムの実行目的でなくとも、デバイスとリンクしている間は
不安定になりかけた内部処理が少し安定する。
不快さを信号を含まない無色の煙と共に吐き出すと、
音を立てて花を踏み潰し大樹の下へ向かった。

起伏に富んだツタの道に足を取られないよう歩きながら大樹を見上げる。
最新の記録によれば、そもそもこの部屋は吹き抜けなどではなかった。
恐らくこの大樹が部屋の容量を引き上げ全五層からなる記憶領域へと作り変えてしまったのだろう。

駆除すれば済むとしても増殖によって記憶領域の劣化を招いたことは確実だ。
こんな無意味な雑草のために、この朽ちかけの箱の貴重な活動資源が
どれほど奪われたのか─考えたくもない。

大樹の前へと到達した。
左右に首を振って惨状を一通り目視し駆除作業の手順を数秒で立て終え、
キセルを咥え、吸い込み、煙を吐く。煙をまとったキセルは送信された信号の内容に従い
その姿を変えた。現れた円盤状の刃を耳元へ構える。

「駆除開始」

投擲した円刃は花びらと葉を巻き上げながら地を這うように疾駆した。
花々の首を次々に切り落とし、光の粒子は母体である花を失ったことでその数を減らしていく。
光の道がひとつ、またひとつと途切れて消えていく─

「おい」

樹の上から声がかかり、私は円刃を呼び戻した。
その鼻にかかったクセのある声を聞くだけで強烈な拒否感を覚えるのは、
私がそのようにプログラムされているせいだろう。

(……やはりいたか)

私は肩で息を吐き、声の主を振り仰いだ。

短いスカートから伸びた剥き出しの足が揺れていた。
不遜に木の幹に居座っているその女は、唇に軽く食んだ一枝の枝葉を外すと
信号を含まない無色の煙を吐いて言う。

「立ち入り禁止の《看板》が見えなかったのかー?」

その口が言うところの看板とは、この部屋に入る前に表示された
あのウィンドウのことだろう。私はそれを承知で答えた。

「この部屋なら既に私が占有した。今出て行くべきはお前の方だぞ」

煙が捌け「チ」と舌打ちする口もとが現れて言った。

「勝手なことしやがって」

趣味の悪い番傘の下で、切り揃えられた黒髪と青の瞳を持つ顔が
不快一色になって私を見下ろしていた。

製品名称《CYBER BOUNCER-001 SHINJYU》。
略称シンジュ。

つい先ほどまでこの部屋を占有していた者であり、
私と同じアンチウイルスソフトウェアでもある。
実に、許しがたいことに。

「そんなところで何をしている。その趣味の悪い傘で種子を
防ごうという気があるのなら、もとより花を駆除すればいいだろう。それとも何か?」

私の頬が冷笑に歪んだ。

「このウイルスへの対抗策を持たないがために、手をこまねいて見ていることしか出来なかったのか?」
「ハン! まさか」

シンジュは枝葉─先端に三つ葉のついた、キセルの役割を果たしているらしい
それ─を高々と咥え、足を組み直して太ももを品無く露わにしながら答えた。

「ボクはオマエなんかとは違ってひっじょーに優良なソフトウェアなんだ。
こんなザコウイルス、物の一瞬で駆除してやれるよ」

「ほう。ではなぜ何もしない?」

シンジュは私からつんと目を逸らし、番傘の持ち手をくるりと回した。
傘に付着していた種子がこちらへ落ちてくる。
私がそれを忌々しく薙ぎ払うと、シンジュは喉の奥からククと笑みを漏らした。

PAGETOP