④【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
「そんなに種子に降られるのが嫌なら、さっさと出てけばー?」

 ……こいつが私に悪態をつくのはいつものことだ。
それもまた、こいつがそのようにプログラムされているせい。

 今度は無視を決め込んだのか、シンジュはだらしなく弛緩した唇で枝葉を弄んでいた。

 こいつの悠長ぶりには怒りを通り越して閉口してもいたが、
そちらがその気ならこちらとて構う必要も無い。

 こうしている間にも私の爪先はずっと種子たちのほうに向けたままだ。
一刻も早く汚らわしい種子たちを駆除したい衝動が表れている。

「待てよ」

 再び円刃を投擲しようと構えると、奴は声を飛ばし私を大いに苛つかせた。

「何だ」
「何だ、じゃない。何しよーとしてんだよ」
「駆除の続きだ。邪魔をするな」
「そんなに芝刈りがしたいんなら余所に行けばいいだろ。ここには手ぇ出すな」

「…………」
奴に見えるよう、肩を大きく上下させため息をついた。「断る」

 風切り音が鳴る。

 迫りくる襲撃を前方へと飛びこんで回避した。

 花の中に飛びこみ振り返ると、私が立っていた樹の下には
たたまれた番傘が突き刺さり煙を上げていた。
向こう側に黒の木履がカコリと音を立てて降り立ち、その主は番傘を引き抜き肩に担ぐ。

「あのなぁ。前から言ってんだろ? この領域はボクの縄張りなんだ。
ここに発生したウイルスはぜーんぶボクの獲物で、オマエが勝手に
刈っていいもんじゃないんだよ。何度も言わせんな」

 ……またそれか。

「この場所がお前の主張する縄張りとやらであろうが、私には関係ない。
私はこの箱のすべての領域を走査し脅威を排除するという使命を帯びている。いいか、すべてだ」

 この箱のすべての領域を走査し、箱を保護保全し、箱の動作を存続させること。
 それこそが私というソフトウェアに課せられた義務であり、存在意義であり。

「その義務を、低レベルなソフトウェアに邪魔立てされる謂れは無い」

 語調を強めて言うと、シンジュは低く脅すように問う。

「……低レベルって、誰のことだよ」
「この箱で《最高位の権限》を持つ存在は私をおいて他に必要ない。
いい加減理解したらどうだ、低能」

 最高位の権限。私はそれを有する唯一の存在だ。

 アンチウイルスソフトの動作は、箱内のどのソフトウェアの動作よりも優先される。
ソフトウェアの稼働上必要不可欠となる活動資源の供給は優先的に行われるし、
排他制御の権限─簡単に言えばマルウェアや他ソフトウェアを
動作停止させる権限─も与えられる。

占有されていたこの部屋を自らの占有に切り替えることが出来たのも、
そうした最高権限を持つがゆえだ。

 アンチウイルスは常にその動作優先度を最高値に設定されているからこそ、
有事の際状況に左右されず、与えられた役割を遂行することが出来る。
そしてその最高権限は文字通り《最高位》であるがゆえに唯一絶対。
何者にも脅かすことは出来ない。

 なぜアンチウイルスだけがそのように作られているのか。
逆を考えてみるとその理由がよく理解出来るだろう。
アンチウイルスに最高権限がなければ、それ以上の権限を持ってしまった
ウイルスやマルウェアに屈するしかないということになるのだから。

 しかし、現状を正しく表すとすれば『最高権限は何者にも脅かすことは出来ない』という表現は誤りとなる。

 この箱の中にはアンチウイルスが─私と同等の最高権限を持つ者がもう一つ存在する。

「へええ。そいつは知らなかったなー」

 どう見てもその最高権限の持ち主とは思えないそいつは、
担いだ番傘で肩をトントンと叩きながら歯を見せて笑んだ。

「ボクはてっきりオマエのこと、フリーの補助ソフトウェアか何かだと思ってたよ。
だいたい、ひとつの箱の中にアンチウイルスが二つも入ってるなんてことありえないし」

「そうだな」と鼻で笑う。

「こんな惨状を目の前にして何もなそうとしない愚か者が、私と同じアンチウイルスとは到底思えない」

 傘を持つ手がぴたりと止まった。

「べ……別に何もしようとしなかったわけじゃない!
優良ソフトウェアのボクが目の前のウイルスを見逃すなんてことあるわけないじゃないか!」

「ではもう一度聞く。なぜ駆除しない?」

「オマエには関係ないっ」

 何か焦るような口ぶりで言いきると、
シンジュは番傘の軒から天へ昇っていく光の粒子を見上げた。

 今だけはその趣味の悪い番傘を奪ってやりたくなった。
種子は今や私の頭や肩に積もり、髪に絡んで取れなくなっている。

 シンジュの青の瞳は舞い落ちてくる光の粒子を静かに、ぼうと映している。
私への敵意で強張っていた表情がわずかに弛緩した。

「……ウイルスったって、こいつは何も悪さをするわけじゃない。
こうやって数を増やして森を作るだけだ。何かデータが壊れるわけでもなし、
箱が止まるわけでもなし。少しくらい放っておいたっていいだろ」

 私にではなく宙に放るように呟き、光を見て目を細める。

 唇が小さく動いて何事かを呟いた。その声は小さすぎて、私の聴覚には届かない。

─意味不明。

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