⑤【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
 確かにこのM12・rEEd・Bは破壊型のプログラムではなく
あくまで数を増やすだけの雑草であり、直接的に箱を破壊するようなことはないだろう。
しかし雑草も無制限に広がれば整地された環境を破壊する。
手つかずの荒れた土地は害悪の温床となりえる。間接的かつ長期的な損害は決して0ではない。

 そもそも、アンチウイルスがウイルスと定義されたモノを見逃していい道理はないのだ。
なぜ、己の義務を果たそうとしない?

 疑問を抱いたのはほんの数秒。答えは私の口から冷笑と共に溢れ出た。

「ついにバグったか」

 青の瞳から光が走る。風圧が押し寄せ私の髪が大きく舞い上がる。
 鼻先に差し向けられた番傘の先端。その向こうでシンジュが猫科の動物のように息を荒らげていた。
瞳ははっきりと見開かれ私を突き刺すかのよう。

 動物に言葉が通じるとも思えないが、こいつに対してのみ饒舌になるよう作られた私の口先は、もう抑えが利かない。

「ウイルスを正しく検出できない不具合が生じたとなればリコールものだ。ここは私が始末しておくから、お前はさっさと消滅の支度でもしてくるといい」
「誰が消えるか! この箱を守ってんのはボクだ! 消えんのはオマエの方だろ、この不良品が!!」
「…………」

 差し向けられた番傘を静かに手で押し返した。
 芝刈りは一時中断だ。その前に刈らなければならないものが出来た。

「─私を不良品と言ったな」

 退屈していた円刃が、私の手の中で閃きを帯びた瞬間だった。初太刀。
水平に振るった銀線はシンジュの手元で開かれた番傘を一文字に裂く。

 裂け目の向こうに枝葉を咥える唇と、0と1の信号を含む濃紺の煙が見えた。
どうやら向こうもやる気らしい。応えるように筋状の煙を吐く唇が好戦的に歪んだ。

 番傘が放られ銀の先端が迫り、回避した私の髪をわずかに削って引き戻される。
もう一撃を繰りだそうと手にした短刀を引くシンジュの動作が終わらぬうちに、
こうなることを予測してデバイスに施しておいたコマンドを発動させた。

(排他制御)

 円刃は逆巻く煙を纏い新たな得物へと姿を変える。細身の西洋剣を右半身に引き構え、
二撃目のモーションに入ったシンジュの脇へ刺突を放つ。

 好戦的な笑みは崩れない。

「そう来ると思ったよ!」

 逆の手に隠し持っていたもう一刀が刺突を受け止め、聴覚を震わせる金属音が響いた。
同時に矩形の《光》が私たちの周囲にいくつも出現する。
赤い光輝を灯す二種類の警告ウィンドウ内には二種類の文字列が躍る。

【Fatal Error.】【Dead Lock.】

「おっそー。動きが丸見え」

 私の刺突を軽く回避し続けながらシンジュは煽る。

「黙れ」

「あーあ。オマエみたいなポンコツがいるから、『アンチウイルスは重い』っていう
イメージが世間一般についちゃったんだよ。それに引き換え、ボクは─!」

 眼前からシンジュが消えた。

 だが気配ならある。予測座標算出。背後。

「ボクはこんなに軽くて速いのにさ!」

 右斜め後ろから私の首を狙って飛んできた薙刀を柄に絡め受け止めた。
背後でシンジュの舌打ちが聞こえわずかに顔を振り向ける。

「速さがそれほど重要か。アンチウイルスに求められるのは動作の確実性だろう」
「ぬかせ鈍重ソフト! 芝刈りだっていっつもノロノロノロノロやってるくせに!」
「……しばく」

 薙刀の柄を掴み持ち主のシンジュごと花の中へ放り投げた。シンジュの身体が花の中に落下する。

「い、ってぇなぁ!!」

 豪語するだけあってシンジュが体勢を立て直すまでの動作は俊敏だった。
受け身を取るや膝をバネにし弾丸の如く迫る、そのわずかな間に
薙刀を二つの刀に変化させ、私の直上から二刀同時薙ぎを見舞う。
私は幅広の西洋剣をこの手に呼び出しその刀身へとぶつけた。

 金属衝突音。衝撃波が空間を轟と震わせる。
おびただしい数の警告ウィンドウが現れる。

【Fatal Error.】【Dead Lock.】
【Fatal Error.】【Dead Lock.】
【Fatal Error.】【Dead Lock.】

 警告は私たちの意識に入らない。今私たちの中にあるのは、
システムによって強制された激しい嫌悪と敵意。ただそれだけ。

 最高権限が同時に二つ存在する時、
それらは同格の最高位であるがゆえに、その現象を引き起こす。

 競合─互いの権限と力が拮抗するがゆえに発生する、激しい動作衝突。

 アンチウイルスは箱の保護保全という義務を遂行し続けるため、
箱の中で《絶対的最高位》であり続けるように作られている。

 絶対的最高位だ。例外は一切ない。文字通り、
自分以外の何者にも、その権限と義務を奪われることがないように作られている。

『己だけが、箱の中で絶対的最高位権限を持つ存在であり続けよ』と。
『己だけが、箱の中に巣食うウイルスを駆除できる存在であり続けよ』と。

 私もシンジュも、プログラムという言語を介して人間たちからそう命じられている。

 たとえ対象が自らと同じアンチウイルスだとしても。
対象が同じ最高権限を持つアンチウイルスだからこそ、
私たちはその命令に忠実に、自らの義務を遂行し続けるのに
邪魔な存在を排他しようと敵意を燃やす。

 だから私たちは戦う。戦い続けている。

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