⑥【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
『アンチウイルスソフトウェアを一つの箱に二つ以上インストールしてはいけない』
それは、箱を扱う人間たちの間ではそれなりに知られたルールであったはずだ。
このИОАННの使用者は、そのことを知らなかったのだろうか?

【活動資源低下】【活動資源低下】
新たに出現したその警告文にはわずかに気を取られた。シンジュの声が飛ぶ。

「気にするんなら降参したらどう─だっ!!」
「っ!?」

振り上げられた一閃への反応が極端に遅れた。
胸元から肩口にかけて冷ややかな切っ先が走り抜ける。
欠損部分からは電流が走り、裂け目の中で赤いノイズがヂリヂリと音を立てる。

「もらいっ!!」

シンジュは継ぎ目なく二刀目を振り降ろすが、それは水平に掲げた剣で
間一髪受け止めてみせた。しかし不利な体勢には変わりなく、
シンジュもまた己の好機を悟って力で押し切ろうと刀に圧をかけてくる。

「ハッ。そんなに心配なら別にいいよー戦うのやめても。
オマエのその無駄なリソース食らいのせいで、箱が強制終了したら大変だもんねー」

「……っ。うるさい……」

「あはははっ。なんだよ、素直に『そうさせてください』って言えっつーの。
オマエは何するにも処理が重すぎて、すぐ箱を落としちゃう不良品なんだからさ!」

不良品。その忌まわしい音を聞くだけで冷静な思考が一瞬で蒸発する。
身体の力を抜き後方へ倒れると、こちら側に体重をかけていた
シンジュの身体があっけなく倒れてくる。背を地につけ、無防備なシンジュの腹を
ヒールで思いきり蹴り上げると青の瞳が大きく見開かれ、口角からノイズの欠片が零れ落ちた。

「かはっ─!?」

吹っ飛ばされたシンジュの身体は、花の中を無様に転がっていった。
起き上がれないのか地にむかって咽続けている。
私は立ちあがって体勢を立て直し、逆巻く煙からその武器─
もはや処刑道具とも呼ぶべき代物を顕現させた。超巨大な鎌。
構えれば自分自身に向きかねないほど湾曲した刃が、シンジュを映して重く鈍く光った。

「今日こそ、消す!」

シンジュが刀を支えにして立ち上がる。艶黒の前髪の下で、青い瞳はいよいよ獣じみた光を湛える。

「っ……。上ッ等ッ!」

シンジュは得物を巨大な鉄鉈に持ち替え腰だめに構え素早く地を蹴る。
私も処刑道具を右半身に引き構え仕掛けていく。

この不毛な戦いが始まって、もうどのくらいの年月が流れただろう。
計測するのも気が遠くなるような、そんな長い永い時間だと認識している。

だから、もうわかっている。私の力とシンジュの力が完璧に拮抗していることも。
それゆえに、この戦いには永遠に決着がつかないということも。

きっと今日も競合による高負荷のせいで箱が停止し、自動再起動して戦いは終わりだ。

わかっている。すべてわかっていて、私は戦う。

なぜか。

─これが私たちの宿命だからだ。

私たちはきっと、永遠につくことのない決着がつくまで戦い続けるように作られている。
変えられはしない。変えてはいけない。
宿命を変えたいなどと思った時点で、そのソフトウェアは狂っている。
システムを壊すウイルスと、なんら変わりはないのだ。

眼前の競合相手へ向け咆哮する。
私の中の雑音がざわめいて何か言った。

二つの刃はぶつかる寸前に急停止した。
剣戟の音も、どちらかの悲鳴も、警告文すら現れなかった。

風だけが巻き起こり花びらと光の粒子を天へと高く舞い上げてゆく。
停止した二つの刃の間には、少女の細く白い首があった。

「─!?」

私とシンジュは同時に目を見開く。動くことも呼吸することさえ忘れて、
剣舞の間に忽然と姿を現したその少女に目を奪われた。

無色透明。
最初にその言葉が浮かぶ。

白く滑らかな肌。色素の薄い透明な髪。長い髪と柔らかなワンピースは
ゆるやかに宙をたゆたい、硝子玉のような無垢の瞳が天へ伸びる光の道を見つめていた。

二つの剣呑な刃に挟まれたまま、少女はふわりと微笑む。
その唇から、鈴鳴りのような声を漏らす。

「きれい」

少女は大樹の作り出す光景に、うっとりと目を細めていた。

─ただ、時間だけが流れ。

やがて私たちは、どちらからともなく、ほぼ無意識に刃を降ろした。

私も、処理速度で私に勝るシンジュでさえ、動けなかった。
互いへの敵意すら忘れて、共に白の少女に目を奪われ続けていた。

私たちが完全に意識を取り戻したのは、内部にその不穏な気配が走り抜けた瞬間だった。

「「!!」」

互いに耳元に手を触れ、近辺のクイックスキャニングを実行する。
私の瞳の中には予測通りマークとそれに関する情報が数行に渡って流れた。

頭上を睨み上げる。赤の照準が葉の天井に重なりそれの動きを追って
8の字移動を続けている。ふいにその動きが停止。
静寂。直後、敵はついに葉の天井を切り裂いてこちらへ落下した。

轟音と共に八足で着地したのは、機械仕掛けの巨大な蜘蛛。
醜悪な顎からノイズと共に咆哮を吐き、
頭上には《M12・Thread・A》という名称が表示される。

「ウイルスか!!」

わかりきったことを叫びシンジュは鉈を手の中で回し枝葉に戻す。
しかし駆除プログラム起動プロセスを開始する前にウイルスの硬質な足が振り上げられ、
鋭利な先端が足元を抉る直前、私とシンジュは同時に跳び退いた。
あの少女の姿はどこにもなかった。

着地し少女の姿を探すと、大樹の向こう側に自動扉へと駆け去る白い後姿が見えた。
スキャンモードを切り損ねていた私の視界に、少女に定義された名称が表示される。

【Remo****】

「─!!」

少女の姿が扉の向こうに消えても、その文字列は私の視野で焼き付きを起こし消えて行かなかった。
(まさか……あいつが)

ウイルスがシンジュに感けているのを利用し、私はその場を離脱した。

「!? おい、待て!! どこ行くんだよ!?」

手柄をくれてやるなど本来ならば不本意極まりないことだが、
今はそれよりもあの少女を追わねばならない。
シンジュが何か罵詈雑言を吐いていたが、それも巨大ウイルスが鳴らす地響きの中にかき消されていった。

Remo****。

私はずっと、その文字列の正体を探していた。

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