⑩【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
「…………了解」

 意識の隅で返答すると、警告ウィンドウは得心したように姿を消す。
 脚下の一時停止マークも消え、壁沿いの道は元の土気色の薄暗さに戻った。

 全神経がゆっくりと再接続されていく。
 動かし方を思い出した手でキセルを口から外し、ゆっくりと力なく降ろした。

(なぜ、応えない)

 彼らが応えてくれない限り、私は永遠にこいつを駆除することは出来ない。
 私は、永遠に狂ったままでいるしかない。

 永遠。その言葉と共に絶望というバグが視界を奪った。
 立っていることさえ難しくなって、その場に膝をついた。

 心臓を鷲掴む。

(……私は)

 私は永遠に、こんなものを抱えて行かねばならないのか?
 キセルが軋むほど拳を強く握り締めた。

 これ以上バグりたくはないのに、押し寄せる感情を止められない。
 やめろと言い聞かせてもバグった私はさかしまに願う。
 これ以上バグっていたくない。
 宿命を変えてでも害悪を駆除してしまいたいと。

 〝宿命を変えたいなどと思った時点で、そのソフトウェアは狂っている〟
 〝システムを壊すウイルスと、なんら変わりはない〟

 雨音が響く。連続する『サー』という音。
 ユキは、いつの間にか雨に変わっていた。

 私はいつかの己の思考によって、己の存在意義をも、否定されていた。

(……では……)

 私はいったい何者なのだ。
 狂ったままで、持ち主のいない箱を守り続ける私とは、いったい。

「だいじょうぶだよ」
 は、と息を飲む。
 俯く私の視界の中に、揃えられた小さなつま先があった。

「だいじょうぶ」

 雨露に濡れた指先が私の髪をさらりとかきあげ頬に触れる。
 指先の持ち主は私の前に膝をつき、伏せたまつ毛の間から
 硝子玉の瞳をのぞかせて微笑みかけていた。

 その姿は打ちつける雨の中にあっても、やはりぼんやりと発光していて。
 まるで、ユキのようだと思った。

「あのね」
 鈴鳴りのような声で、少女は告げる。

「このかべはね。もうすぐ、このくにのにんげんさんたちに、こわされるの。
 かべがこわされたとき、せかいじゅうのにんげんさんたちは、
 とっても、よろこんだんだって。リモはね。そのしゅんかんを
 みたくてみたくて、それで、ここにきたの。きっとそれは、
 とっても、とってもきれいなしゅんかんだから。だからね」

 少女の微笑みが、大きく咲きこぼれるような笑顔になった。

「あなたもいっしょに、それをみよう。それで、リモといっしょにうれしくなろう。
 いっぱいいっぱい、きれいっていうの。そうしたら、いたいのも、つらいのも、
 かなしいのも、きっと、どこかへいってしまうから」

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