⑪【期間限定連載】D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-

Dbackup最後の意志を亡きセカイへ_書影
 ─雑音が、不規則に震えた。
 サ、ササ、ザザと安定しない音が身体中を満たしていった。

「……やめろ」

 こいつの吐く言葉は、そのすべてが私を狂わせるウイルスだった。
 言葉は私の内部に沁み、触れて、そして、唐突に痛んだ。
 痛みは、バグった私を、強烈に惹きつけた。

 これ以上私を狂わせるな。

 熱く眩む視界の中で私に異常をもたらした者の姿をとらえ睨み続ける。
 その無垢な笑顔に目を奪われていただけとは、自覚もせずに。

 突然、場違いな怒号が静寂を裂いた。

 通りの方から複数の足音が慌ただしく走り寄ってくる。
 雨に煙る闇の中から飛び出してきたのは、
 軍服に身を包み銃器で武装した仮想の人間たちだった。

「壁から離れろ!」

 彼らは現地の言葉でそう言い、速やかに陣形を展開して銃を構える。
 銃口を睨み据え、私は得心した。

(……なるほど。先ほどの子供はこれを警告していたのか)

 立ち上がり、今にも引き金を引こうとしている人間たちに
 気取られないよう横目で少女を見た。

 少女はそこにはいなかった。少女がいた場所にはかすかなユキの残滓があるだけだ。

 ユキが雨水に融けて消えて行く様を見ている間に、
 人間たちの怒声がいっそう穏やかでないものになっていく。
 恐らくこのまま撃つ気だろう。

 片足を引き、そして壁沿いに一気に走り出す。

 予測通り銃口が闇の中で火を噴いた。
 しかし銃弾は私の身体へ到達する直前見えない障壁によって阻まれる。
 銃弾を寄せ付けない標的に人間たちは狼狽し始める。

 仮想の人間に私を損傷させる権限はない。

 こんな面倒な仕様をつけるくらいなら、
 最初から私という存在をこの世界の概念にしてしまえばよかったのに。

 壁沿いから向かいの建物の陰へ曲がり、彼らの目を欺ける路地裏の闇へ逃げこんだ。

 少女の言葉が蘇ってくる。

 あの壁は間もなくこの国の人間たちによって壊されると言っていた。

 しかし、私に警告してきた子供の強い怯え様と、
 有無を言わさず発砲してきたあの人間たちの存在を鑑みると、
 そんなこと起こりえるはずがない、と思う。

 銃を持つ人間たちはあの壁に何人たりとも近づけないように
 プログラムされており、他の人間たちはあの少年のように
 怯え続けていることしか出来ないようにプログラムされている。

 彼らはこれから何度でもあの銃によって削除され続けるのだろう。

 この世界はきっと、そういう風に作られている。

 私が『箱の中で絶対的最上位権限を持つ存在であり続けよ』と命ぜられ、
 シンジュと競合し続けているのと同じように。

 路地裏を抜けきると私は足を止め、緩慢な動作で空を見上げた。

 雨は次第に強くなっていく。『ザー』と言う音。
 私の内部から響くバグと同じ音だ。

 自分の内と外から鳴るその雑音を消し去りたいと思った。
 だから、突如内部を駆けたその忌むべきアラートに、
 ひどく救われたような心地になった。

 ガコン、と音がする。
 雨音が消え、世界の色が反転した。

 夜の黒は白く。暖色の街灯に照らされた街は、青い色に変わる。
 青白い世界の時は止まった。雨は止み、雨粒は無数の硝子玉となって宙に固着される。

 仮想世界の動作停止。世界が一枚のネガフィルムと化すこの現象は、
 そこに奴らがいることを示している。

 脳天に迫った黒い疾風を剣の一太刀で斬り伏せた。

 ギィと耳障りな悲鳴を上げ真っ二つになった機械仕掛けの節足動物が地に転がる。
 残骸にノイズが走り、やがて消滅していく。

「─検出」

 振り仰いだ建物の壁は既に同種の《虫》たちによって埋め尽くされていた。
 虫と呼ぶのも躊躇われるような─動物とでも呼ぶべきスケールを持つそれらが、
 3Dグラフィックスの壁に出来た脆弱性の上に隙間なくひしめきあい、
 ギチギチという擦れた音を立てこちらに赤い目を向けている。
 その数21体。24体、30体、なおも分裂増殖中。

 一呼吸おいてからスキャニング結果の読み上げを開始した。

「ウイルス名称《M12・tarantula・B》。危険度中。活動レベル極めて高」

 白刃の駆除デバイスを強く握り直した。

「─いいだろう」

 おかげで、ひとつの答えが出た。
 今の私が、何者か。何者でありたいか。

 ノイズまじりの耳障りな咆哮をまき散らす虫どもはこの箱を脅かす者。
 箱内のデータを食い散らかし、書き換え、寄生し、破壊し、
 延々増殖を続ける忌々しい害虫。

 嫌悪の対象を前にして、私の口もとはこんなにも冷笑に歪んでいる。

「ちょうどお前たちのことでも狩ってやりたいと思っていたところだ。
 残らず駆除してやるからかかってこい。クソ虫」

 天から黒い瀑布がどうと押し寄せる。私は青白の静止世界で赤の瞳を熾烈に見開き、
 赤の剣線を引く切っ先を鮮烈に閃かせた。

 己の宿命を、バグまみれのこの身体に痛いほど叩きこむために。

 私は、ソフトウェアである。

D.backup-最後の意志を亡きセカイへ- <第一章> -了-
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お楽しみ頂けたでしょうか!

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「D.backup-最後の意志を亡きセカイへ-」でご覧下さい!

(編集担当)

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